北京雑感―50

北京のサプライズ

 

 最近の尖閣諸島の問題では、中国内陸部の都市で、反日デモが勃発していると、新聞・テレビで報道され、中国在住、或いは旅行中の人々の安全を心配する声がありました。私の友人でも何人か、丁度その頃北京・上海を旅行した人達がおりましたが、様子を訊いてみると、誰もが「内心、心配したけれど、何とも無かった」と答えてくれました。

 報道によれば、大規模なものは内陸の都市で発生しているようですから、北京・上海は影響が少なかったとも考えられますが、中国の人々の国民感情としては、沿岸大都市でも少しは影響があるはずでしょうに、旅行者は、殆ど何の変化も感じなかったと言っていました。

 以前、私も同じような経験をしました。随分前ですから、もう原因が何だったのか忘れてしまいましたが、北京滞在中に、北京で反日デモが頻発し、大使館が包囲されたり、日系のデパートや日本料理店が投石をされたり、営業妨害を受けたりしたことがありました。新聞やテレビでその様子を見た友人達が、心配してメールで様子を訊ねてくれましたが、私は何も知らずに普段通りの生活をしておりました。私の周りの中国人知人・友人は勿論、近所を出歩いても、町の人たちにも何の変化もありませんでした。一度、繁華街へ出かけた時、バスの窓から日本料理店の入り口が壊されているのを目撃して、マスコミが報道しているようなことが確かにあったのだと、改めて確認したものでした。

 外国の状況が報道される時は、往々にしてこのようなことが起こります。決して、報道が間違っているとは申しませんが、少々大袈裟に伝えられることが多いようです。デモや暴動は一大事には違いませんが、その報道を見ると、その地域の住民が全部同じ思いで行動しているとの誤解を生むような書き方をしているように感じます。デモ発生の状況を詳しく分析して、デモ参加者の気持と共に、デモに批判的な周囲の人々の気持も報道すれば、読者は各自の判断で事態を冷静に見ることが出来るでしょう。読者は、新聞・テレビのセンセイショナリズムに乗せられないように気をつけなければいけません。

 ところで、話が少し飛躍しますけれど私は、北京に住み始めた頃、初めの印象が全く覆ってしまう経験をして、北京市街の二面性に驚かされた経験があります。初めて北京の街へ放り出された時、いえ、自ら繰り出した時、強い疎外感を感じました。初めはその理由が分からなかったのですが、暫くすると、その理由は街のたたずまいにあると気がつきました。

北京市街中心部の住宅は、単位毎に塀や建物で囲まれています。その囲まれた地域は小区と言って、日本で言う自治会のような繋がりですが、必ず囲いがあって、出入り口には守衛さんの小屋があり、用も無いのに入るのは憚られます。場所によっては、道の両側に延々と塀が続いていて、ほかに歩いている人がいない時など、日中でも心細く感じます。こんな場所で、急な雨に降られたりすると、ちょっと軒先を借りて雨宿りと言うわけにも行かず、覚悟してぬれて歩くしかないと思いました。

 小区の中は、居住楼に囲まれて中庭があり、老人達がおしゃべりをしたり、日向ぼっこをしたりしています。友人が、その人たちに私を紹介してくれると、次回からは必ず声をかけてくれるようになります。一度、冬の寒い日に友人を訪ねたのですが、手違いで友人は買い物に出かけてしまい留守でした。どうしようかと思っていると、お隣のドアが開いて、顔見知りの方が覗き、外は寒いから、部屋に入って待っているようにと誘ってくださいました。そこで、その方とも友達になりました。

 小区は四方を塀や建物で囲ってあって入りにくいのですが、一度入ってしまうと、ずっと昔からの知り合いのように遇してくれます。これは嬉しい驚きでした。

 ある時、古い高層アパートに住む友人を訪ねると、エレベーターホールの床にゴミが溜まり、トイレの臭いが漂って来たりしてビックリしました。しかし、16階にある友人の部屋のドアを開けると、座り心地の良いソファーが置かれて広々とした居間が目の前に現れました。玄関ホールの汚さと、この部屋の快適さのギャップに暫し言葉が出ませんでした。

 友人が豊かなのは知っていましたけれど、玄関ホールの印象からは、こんなに快適な住まいがあるとは想像できませんでした。同時に、こんな生活が出来るのなら、あの玄関ホールを何とか出来ないものなのだろうかと思い、そんな提案もしない住人達の、家の内外に対する感覚の二面性に驚きました。

 しかし、この友人も今では、新しく建った高級マンションに移り住み、家の内外共に快適な生活を送れるようになりました。因みに、新しく建った高級マンションは、真ん中に再生水を利用した噴水やせせらぎを配して、住民のための憩いの広場を造り、回りには洒落たフェンスを設けていますが、出入り口の守衛さんは、人の出入りを従来の小区よりもずっと厳しくチェックしています。多分、以前私が経験したような、友人の顔見知りと友達になるなどと言うことはもう出来ないでしょう。

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