北京雑感42

存包処

 

 いつも車で通っている交差点の角で、住宅の解体・新築工事が始まりました。いつも通る度に眼にしている風景なのに、解体前の家の様子が思い出せません。前々から解体の準備でもしていれば、気をつけて見ていたのでしょうが、10日ほど間をおいて通ってみると、解体がすっかり終わって更地となり、片隅に新築のための資材が積み上げられているので、以前どんな建物があったのかはっきりとは思い出すことが出来ません。繁盛していた商店ならともかく、しもた家風の家とか、物置然とした建物だったりすると、あったことは覚えていても、その姿は浮かんで来ないのです。以前の景色はすっかり記憶の中に埋没して手繰り寄せることが困難になっています。そんな経験が北京の変化の中にもありました。ふと思い出したので、今月はそのお話をしようと思います。

 今までに、北京の変化をあれこれとお話していますが、日本には無かったので、北京で始めて見てびっくりしたことなのに、すっかり忘れていることがありました。それは、商店の出入り口にあった“存包処(ツンバオチュー)”です。先日、ひょんな事から“存包(ツンバオ)”と言う言葉を思い出し、同時に始めて目にした時の驚きが蘇って来ました。

 今、北京では外資系のスーパーが林立し、大勢の買い物客を集めていますが、この外資系のスーパーが私の住んでいた地域で開業したのは、2005年頃でした。それまでの北京には、所謂スーパーはありませんでした。ちょっと大きめな商店が小型のスーパーと同じような品揃えで営業していましたが、中では売り場毎に店員がいて量り売りが主でした。しかし、デパートや個人商店と違って、一部自分で品物を手にとって見ることが出来るようになっていました。そして、このような店の入り口には必ず“存包処”という一画がありました。買い物客はそこで自分の袋類を預け、お財布だけをもって店内に入ります。つまり万引き防止策です。ある時、小さなポシェットにいろいろ詰め込んでパンパンに膨らんだものを預けようとしたら、係員が「それは持って入っても良い」と言いました。確かにそのポシェットは、口を開ければ中身が出てしまいそうで、万引きには不向きなものでした。

係員がいてカウンター越しに荷物のやり取りをしていたのがロッカーに替わって、自主的に荷物を入れるようになりましたが、出入り口の監視は厳重で、以前預けなくて良いと言われた同じポシェットでもロッカーに入れるよう注意されたこともありました。万引き防止で仕方の無いこととは言え、万引きをするだろうと疑われているようで、余り気持の良いものではありませんでした。

外資系のスーパーマーケットが出来た時、それを“超市(チャオシー)”と呼ぶようになりましたが、それまでは同じようなスタイルでも“超市”とは呼ばずに、“隆竜”か“美廉”とかお店の屋号で呼んでいました。外資系のお店があちこちに出来、このような古くからのお店も、出入り口にレジカウンターが新設されて一括で支払いが出来るようになりました。それに連れて次第に“存包処”も無くなり、自由に出入りが出来るようになりました。その代り監視の目が厳しくなって、商品棚を回り込むと監視役の店員と鉢合わせ、なんてことをしばしば体験しました。始めのうちは慣れないので、落着いて買い物が出来ませんでしたが、私が慣れて来ると同時に、お店のほうも工夫をしたのでしょうか、あまり気にならなくなりました。

この点、外資系の“超市”は見事なもので、始めから“存包処”のようなものは置かず、客はそのまま店に入ることが出来るのです。家の近くの“超市”に始めて出かけた時、真っ先に“存包処”を捜しましたが、そんなものは無くて、買い物客は自由に店内に入って行きます。なんだか嬉しくなって、入り口でカートを貰って中に入りました。平日でしたが、随分混んでいて、見て回るだけでも大変でした。人があまりにも多いので監視は大変だろうと思いましたが、気をつけて見ても、監視しているような人は余り見かけませんでした。監視カメラを上手にセットしているのか、或いはある程度の万引き被害は覚悟しているのか、多分、両方でしょうね。実際の万引き被害がどれ程のものか知る機会はありませんでしたが、以前あれだけ監視を厳しくしていたと言うことは、被害額もかなりの額にのぼるのではないかと、勝手に想像しています。

 そういえば、北京の本屋さんなどの出入り口に、レジを通さない品物を持って通ると警報が鳴る、万引き防止用のゲートが取り付けられるようになったのは、日本で普及してから余り時間が経っていない頃でした。このゲートを取り付けることで、多くのお店が“存包処”を廃止出来たのだと思います。私の知っているスーパーにはこのゲートが無くて、代わりに出口に店員を多く配置して、買い物客の袋詰めを手伝ったりしています。どちらも、心理的に万引きを抑制する効果はあると考えられます。

 

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