北京雑感―38

北京の市場―V

 

北京に何回も行かれる方はどなたも、街の変化の大きさに驚かれます。1900年代の北京をご存知の方には勿論でしょうが、2000年頃から関わりだした私の目にも、その変貌は驚異的なものに映ります。特に、2000年から34年の変化が著しく、昨日まで繁盛していたレストランが立ち退いて、その後に大きなホテルが建ったり、今までレンガ塀で囲われていた古い家並が無くなり、突然幅広い道がバイパスとして出現したりと、文字通り目を見張るような変化がありました。環状4号線が中関村大街の下を横切って完成したのもこの頃でした。

1999年春から2001年夏までの2年半、私は継続的に北京に滞在したのですが、その間の変化は凄まじいもので、一度行ったお店に3ヵ月後に行ってみると、「強制立ち退き」で店は無くなり、辺り一帯の様子がすっかり変わっていると言うことを再三経験しました。

この頃、北京で生まれ育った生粋の北京人の友人に、北京を案内したことがあります。日本に留学して久振りに帰ってきた友人に、新しい道やバスの停留所を教えたり、新しく出来たお店に案内したりと、チョッと得がたい経験を楽しみました。34年留守にすると、友人にとって住み慣れた街もすっかり変わって、分からなくなってしまったようでした。

道が出来たりビルが建ったりする変化と同時に、人々の生活も変わりました。大規模なス−パーマーケットが出現する前、人人は市場へ買い物に行っていました。前にもお話しましたが、この市場は朝早くから活気に溢れていて、野菜や果物はずらりと並んだお店が山のように積み上げていますし、魚は生簀で泳がせて売っています。

中国の人々は、病み上がりの体力回復には生きた魚のスープが有効と信じていて、河や池で釣ってきた魚を香味野菜を入れたたっぷりの水で煮立てて、乳白色になったスープを飲みます。これは疲れが溜まったと感じた時にもしばしば家庭の食卓に登りますが、生きた魚を釣って来られない人人は市場で買い、ビニール袋に入れて持ち帰り、調理寸前まで生かしておくのです。

初めて市場へ行ってビックリしたのは肉屋さんの店先でした。天井から吊るした大きな鉤に架かった肉塊から、部位や量を指定する客の注文に応じて切り分けて売っていました。ひき肉は、木の切り株のようなまな板の上で、大きな中華包丁でリズミカルに叩いて造っていました。豚の脚や頭も並んでいて、思わず身を引いてしまいました。スープを取るための鶏のガラや頭部、脚等も売っていましたが、何故か鶏肉は売っていませんでした。不思議に思いましたが、外の野菜売り場の一角へ行ってその訳が分かりました。

外の売り場で野菜の山が途絶えた辺りに、鶏が塊ってうずくまっていました。みんな生きているのですが脚を結ばれているので身動きが出来ない状態です。お客はそんな鶏の中から良さそうなのを選んで買い求めます。生きているうちに目方を量って値段が決まります。お店の人はすぐに鶏を締めて血を抜き、ドラム缶に沸かしてある湯に23分つけます。湯から引き上げた鶏を傍らの洗濯機に入れて脱水ボタンを押します。5分程で洗濯機が止まると中から、すっかり毛がむしられた裸の鶏が出てきます。つまり、中国の人人は、生きた鶏をこの方法で売買していました。田舎や、都市部でも大きなレストランなどでは自家用の鶏を生きたまま運んで自分たちで捌いていました。この一連の作業、文字で紹介するとすごく残酷に思えますが、現場にいると周りの活気に気おされて、感傷に浸る間もなく、唯唯感心して眺めておりました。さすがに、縛られた鶏と目を合わせることの無いようにとは気を付けましたが。

因みに、この種の鶏屋さんは街中の商店街にもあって、店頭で鶏が同じように繋がれていました。このお店では鳩も扱っていて、鳥かごに入れて客を待っていました。鳩は心臓病や眩暈に効くと言われて、利用する人人は少なくないようでした。

ところがある時を境に、市場でも商店街でも、この鶏屋さんが急にいなくなりました。例のサーズ発生の時、鳥類が病原菌の媒体になるからと当局が生きた鶏の移動を禁止したのです。それに替わって、スーパーで冷凍の鶏肉が扱われるようになりました。初めのうちは一羽丸ごとだけを売っていましたが、暫くするともも肉とか胸肉とか部位毎にも売るようになって便利になりました。

今北京のスーパーでは、鶏肉は部位毎に売ることが多いようですが、日本と違うところは、部位毎に山と積まれた中から、客は自分が必要なだけ袋に入れて、計ってもらって買えること、それと、鶏の頭だけとか脚だけとかも売っていることでしょうか。

利便性を追求してスーパーがもてはやされるのは仕方ないとしても、生鮮食品を扱う市場は存続して欲しいと思います。特に、量り売りの文化は残して欲しいと勝手に願っています。日本でもデパ地下では量り売りを続けていますし、高級志向のスーパーでは新たに量り売りを始めるところも多いと聞いています。北京も日本と同じ道を歩むとしたら、一旦無くなって復活するよりも、今のままの量り売り文化を継続して欲しいと思います。

今頃北京では量り売りの月餅が飛ぶように売れていることでしょう。

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