北京雑感ー30

           北京の喫茶店

 

 最近北京へ行った方に伺いましたら、前門大街はまだ工事が完成していないそうです。昨年秋、帰国前に見に行った時は、既存の建物を壊して地面を掘り返したところまでで、工事の囲いの向こうには何も見えませんでしたから、オリンピックまでに街並みを完成させるのは無理だと感じました。それでも3年前に、前門大街の西側、地下鉄大柵欄出口を西へ出たところ一面が取り壊され、多摩丘陵の宅地造成のように、或いはそれ以上に著しく掘り返されていたのに、2年前にはすっかりきれいに整備されていたのを目の当りにし、また他でも驚くべきスピード工事の実例を見聞していたので、北京式工事なら何とかなるのかと心の隅で思っていましたが、前門の改修はやっぱり、オリンピックに間に合わなかったようです。

 でも、遅かれ早かれ前門が王府井のように面白味のない街になるのは確実でしょう。残念です。6,7年前のことですが、北京のお土産に美味しいお酒を買いたいと思って北京の古老にたずねたところ、王府井の一本東の大通り、東単大街を北へ行ったところの酒屋さんを教えられました。そのお店は、歩道から30p程も高くなっていて、更に20pくらいの敷居を跨いで入るようになっていました。敷居を跨ぐと、百年もタイムスリップしたような古風な雰囲気で、魯迅の《孔乙己》の世界に迷い込んだような感じでした。中はたたきで薄暗く、黒光りするテーブルがあって、映画で見る居酒屋のようです。片側にカウンターがあって、奥の棚にお酒を並べて売っていました。このお店には私が思い描く古い北京があるようで、何故か懐かしく、好もしいものを感じました。お酒が好きなら、毎日でも通いたいお店でした。

 それから二年ほどして、またお酒を買いたくてもう一度行ってみましたが、あのお店はなくなり、通り全体が、歩道からそのまま入れるように段差はなくなり、以前とはまるで違う、明るいお店が並んでいました。王府井と同じようなつまらない街並みになっていました。

 北京の伝統ある街並みが、画一的な大通りに変わってしまうのは本当に残念ですが、新しい北京で一つだけ嬉しいことがあります。それは、北京の街に、独りで歩いていて、疲れた時にちょっと休める店が増えたことです。私が北京に行き始めたころ麦丹労(マクドナルド)や肯徳基(ケンタッキーフライドチキン)などが出来始めたので利用できると喜びましたが、何時も混んでいて、ゆっくり休むことは出来ませんでした。その他ですと、昔ながらの茶芸館と言う喫茶店のようなのがありますけれど、これは我々が考える喫茶店とは違って、店の中には坪庭や池が設えてあり、昔から北京の人たちが商談などに使う高級な貸席のようなもので、初回の席料は独り60元程、100g600元とか800元の茶葉をキープします。次回からは茶葉がある限り、一人30元ほどの席料だけで利用出来る仕組みです。勿論時間制限はありませんが、ちょっと高級すぎて気軽には使えません。独りでの食事なら、小喫(xiao chiシアオチー)と言う昔ながらの食堂がありますけれど、ゆっくり一休みと言うのには向いていません。そんな訳で、当時は、街を歩いていてもちょっと一休みと言うような場所が無くて、北京で何かビジネスを始めるなら、絶対喫茶店が良いと思ったものでした。

 それが4,5年前から、若者向けにソフトドリンクを出す喫茶店のような店がぼちぼち出来始めました。店の中で、天井から吊るしたブランコが座席になって、若いカップルが並んで座って揺られながら、御代わり自由のソフトドリンクを楽しんでいました。そこで出されるドリンク類の味が今一だったせいか、長続きするお店は少なくて、すぐ廃れていきました。その代りに、新しい街並みに出始めたのが、スターバックスのチェーン店です。故宮の中にまで出来たのには驚きました。(尤も、故宮の中の店は、暫くして禁止されたようですが。)すると似たようなお店が増え、ケーキや軽食も出すようになりました。また、日本式ラーメンや回転すしのお店も出来たりして、独りで気楽に入れるお店が競い合うようになりました。これで、私のビジネスチャンスは無くなりましたけれど、一人歩きの時、食事や休憩の場所に困らなくなりました。

 北京の一般的レストランで、少人数が食事をするのは大変です。ご存知のように中華料理は一皿が大きくて、1品でも食べきるのは難しいのに、やはり2,3種の料理は食べたいし、スープも飲みたいしとなると、いくらお持ち帰り(打包)が出来るといっても二の足を踏みます。それで、以前は、外での食事は極力避けて、空き腹を抱えて帰宅したものでしたが、今では食事も、休憩も、待ち合わせの時間潰しも、気軽に出来るようになりました。

 古い北京が好きと言いながら、新しい北京の便利さを楽しむ自分を後ろめたく思いながらも、街歩きが気軽に出来るようになったことを単純に喜んでいるのが今の私です。

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