北京雑感 2


 今回は、北京の人々の食事のお話をしましょう。

 北京には、多くのレストランがあります。日本も決して少なくないとは思いますが、北京の多さにはかなわないでしょう。繁華街の立派なレストランや、表通りのそれなりのレストランも目に付きますが、日本と違った感じがするのは、路地裏や、バス停の傍などに、ほんの小さなスペース、三畳ほどのスペースでもテーブルと椅子を置いて食べ物を提供している食堂が特に多いことです。

 日本でも、住宅地が新しく出来ると、先ず食べ物屋さんが出来て、それを核として、後からその他施設が集まって、町の中心を形成するようになりますね。北京では、新開地でなくても、昨日まで物置になっていたような小さなスペースでも、突如食堂が出来ることがあります。

 私の見聞した中では、「清華西門」バス停のすぐ脇に小さな、みすぼらしいお店があって、ちょっとした包子や油条を売っていたのですが、半年程後に行って見ると、プラスチックのいすとテーブルを置いて、揚げたり蒸したりしたものをその場で食べさせるようになっていました。そしてまた半年後、テーブルをふやして、お世辞にも小奇麗とは言えないまでも、初めて見た時と比べると、体裁も大分整って、食堂らしくなってきました。北京には、こんなお店がたくさんあります。本当に思いがけないところに、食事処があります。

 この様な食事処は朝食時に繁盛します。ご存知のように、中国の人々は、朝早くから活動を開始します。
その人たちが朝食をとるのがこの様な食堂です。朝は何時ごろ開店するのか聞き漏らしましたが、夏の朝6時頃、私自身この様な店を利用したことがありました。そのときの印象では、その時点で始まったばかりではなく、遅くとも5時には開店しているようでした。どんなものを食べさせるかと言うと、何種類ものお粥、豆乳、油条、饅頭、ワンタン、包子、餅、肉餅、豆腐脳、ゆで卵、副菜としての漬物などです。

 お粥は、勿論店によって異なりますが、私が利用した店では、大米(米)、黒米、小米(粟)、緑豆、玉米(トウモロコシ)がありました。大米は普通のお米、黒米は本当に真っ黒なお米でちょっと香ばしいもの、小米は粟で、やわらかくとろとろに煮込んであります。緑豆は、私は日本で見たことがないのですが、緑色で極小さな豆、青豆の五分の一程の大きさで、煮ると煮汁は緑ではなく、薄い小豆色になります。初めは、乾燥している時と煮た時の色の違いが信じられませんでした。この豆は体の熱を取るのに有効だそうで、中国の人はよく利用します。玉米は、トウモロコシを粉にしたものだったり、細かく砕いたものだったり、その時々で違いますが、中国の人々は、雑穀が体に良いと考えて、お米以外のお粥をよく食べます。

 因みに、お粥は、中国の人々にとって食べるものではなく、飲むものです。動詞は、吃ではなく喝を使います。家庭で朝食をとる時も、私などはお粥があればそれが主食と思ってしまいますが、中国の方は、必ず饅頭とか餅を一緒に食べます。私は、家で朝食をとる時は、饅頭が好きで、醤豆腐をつけたりしてお粥と一緒に食べていました。

 話を食堂に戻しましょう。中国の人々は、飲み物としてお粥か、豆乳をよくとります。一緒に食べるものでは、油条が人気です。油条は、小麦粉を練って、油で揚げただけのものです。私は初め、朝から揚げたものではしつこすぎると思って敬遠していましたが、食べ慣れると、油はあまり感じないで、お粥と良く合うと思うようになりました。饅頭(まんとう)は、食堂の朝食としては選ぶ人が少ないようですが、家庭では他におかずがあると食べ易いのでしょう、リヤカーに積んできて、美味しいと評判の饅頭を売る人の前には毎朝行列が出来、8時半前には売り切れてしまいます。饅頭は、日本で言う肉まんの皮だけで中身がないものですが、美味しいものは、噛めば噛むほど味がでてきて、シンプルなので飽きが来ません。

 ワンタンは、日本で食べるのと同じようですが、ワンタンの数が多く、スープはあっさりしています。ワンタンはちょっとボリュームがあって、午前中十分に仕事が出来るだけのエネルギーを取れるようです。包子は、日本で言う肉饅頭ですが、三分の一くらいの大きさです。これも、店によっては、中身の種類を色々用意して、好きなのが選べるようになっています。餅(びん)は、小麦粉をこねて、細長く伸ばして蛇のトグロのように巻いて上から押さえて平らにしたり、パイ生地のように何層にもなるようにしたりして、直径10センチほどの円形にして、たっぷりの油で焼いたもの、肉餅は、同じような形態ですが、中に肉が入ったものです。

 豆腐脳は、薄く葛をひいた汁の中に絹ごし豆腐が泳いでいる、と言うよりは豆腐の方が勝っていて、豆腐のあんかけのようなものです。豆腐が喉をつるっと通って、朝の食事としてはなかなか良いものです。あとは、ゆで卵。店によっては茶卵を置いているところもあります。そして、以上の品のどれかを注文すると、これまた6,7種類ある副菜の内から好きなものを2種類選んで無料で付け合せてもらえます。これはザーサイだったり、土豆素だったり、こぶの細切りマリネだったり、セロリと大豆・にんじんのマリネだったりとバラエティーに富んでいます。

 この様に種類も豊富ですが、何と言っても魅力はそのお値段です。大抵1品1元以内で、3.4品頼んでも、一人前3元程で済んでしまいます。朝食を外で食べるのは手軽で良いけれど出かけるのがちょっと億劫と思っていましたが、慣れてくると気楽さが勝って、なかなか良いものだと思うようになりました。中国の方々は、昔の制度で体験した名残でしょうか、朝早くから気軽に出かけて、たっぷり朝食をとっています。

 外食での朝食はこの様にしっかり摂れる環境にありますが、家庭での朝食はかなり自由に摂ります。勿論、家庭によって、個人によって違いますが、私の知人の朝食は、クッキーと豆乳だったり、饅頭に醤豆腐とお粥だったりと軽いものが多いようです。その代わり昼食をしっかり摂ります。家庭で調理する時でも、私の個人的な感覚では夕食の様なリッチな食事を用意します。そして、その調理では、野菜をふんだんに使います。以前、「中国は、全世界の野菜の60%を消費する」と言う話を聞いて、信じられなかったのですが、調理の実際を見ていて、「あの話は本当かもしれない」と思うようになりました。

 今、北京でテレビを見ていると、薬のコマーシャルを多く眼にします。人々の話題も健康に関することが多いようです。始皇帝の昔から、不老長寿に関心のある中国です。毎日、市場に溢れる野菜と、台所で消費される野菜にも、中国の健康志向を感じます。北京の人々の台所を覗いて、「やはり中国の食文化は世界に冠たるもの」との印象を強く持ちました

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